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「A君無罪!釈放要求緊急集会」の報告

2010年03月14日 22:21

2010年1月15日(金)に「エル・おおさか」で集会が持たれ、70名ほどの参加で開催されました。
様々な人の発言や質疑応答で、この事件の本質や問題点がさらに浮き彫りになったように思います。
 
担当弁護士から今回の事件の概要とそれに対する今後の方針などが話されました。起訴はまったく意味がわからない不当なもの。ビデオをとったのは記録のためである、申請書を受理するのは当然なのにそれをすぐにしなかったことに対する行為だから問題ではない(違法な職務は保護されない)、A君には故意がない、身体拘束の必要もない、刑事司法の中で生活保護法が理解されていない、などが指摘されました。


「ユニオンぼちぼち」からは、この間の経緯とA君のユニオンでの活動状況、そして水際作戦の本質を「エンパワメント視点の欠如した排除的姿勢」ととらえ、今回の柏原福祉はまさにそれであったという話などがなされました。(全文を別掲します)


NPO法人釜ヶ崎医療連絡会議からは、福祉事務所勤務の方が生保の申請する側と役所にはパワーアンバランス(力の非対称性)があり、それを補うためにビデオ録画などの手段があるのだ、自分の経験でもやり取りを録音する人やファックス文書やり取りの人などいたが、それを受け入れなくてはならないものだという話、また過去の医療連活動での聞き取りから、多くの人が水際作戦的な冷たい対応をされてきた事例が紹介されました。またそれに対して、水際作戦的なことをするなという10項目の改善要求(97年)、対応の力をつける学習会、などをし、98年の佐藤裁判で役所との交渉をビデオにとったものをテープおこしして証拠として採用され、その裁判で勝って、野宿から直接民間アパートへの生保(敷金支給)が可能となったという話がありました。そうした運動があっての現在なのだということです。
2006年には厚生労働省も、申請権を侵害していると疑われるような行為自体も厳に慎むことということを手引きで明記しているということも指摘され、柏原福祉事務所はこれに反しているといわれました。

remo [NPO法人記録と表現とメディアのための組織]からは、1966年から釜が崎に街頭監視カメラが設置され、それ以降ずっと権力・警察側がカメラを使ってきたということ、いまやデモや集会なども高性能の数台のカメラですべて記録され事後的な逮捕にまで利用されていること、誰がだれに向かってカメラをおいているのかをみないといけない、警察が、犯罪予備軍、あるいはそういう人が多くいるであろう場所に向かってカメラをおいているのだ、という話がありました。またカメラの普及で様々な可能性も広がっているが、その統制も広がっている。「インディメディア」を作る活動をしてきたがそこでは匿名性を守ることに力点をおいてきた。だが権力は監視するために匿名性を奪おうとしている。今回のA君事件では、さらに一線を越えた統制への動きと見ることができる。つまり、ビデオ映像を使って何かをしたということが統制されたのではなく、記録したこと自体が犯罪とされたのだということ。
「インディメディア」では、匿名性を守ることに重点をおいていたが、その前の段階の記録すること自体まで守らねばならなくなったということでこの事件は重大である。このままではカメラを持つこと自体を躊躇するようにされてしまう。だからこそ、いっそう私たちは恐れずに記録し続けなくてはならない。みるべきものを見続けなくてはならない、という話がなされました。

質儀応答が活発になされた後、釜ヶ崎日雇い労働組合から、昔から法律を拡大解釈して不当弾圧がされてきたのであり今回もまさにそれである、と認識して闘っていかねばならないという話、らくなんユニオンからも、ちいさな形式不備をついて不当逮捕、不当な組合事務所家宅捜査がなされたという話がありました。広島から来た市民記者のSさんからは、森田健作知事が違法行為をしたのに不起訴になってA君が起訴になるのはまったくおかしい、このように恣意的に起訴しているような状況は政権交代だけでは止められず現場の抵抗運動こそが不可欠なのだというような話がありました。

また釜が崎医療連絡会議からは、最近も釜が崎で威力業務妨害ということで職員に少し従順でなかったということで不当逮捕があった、こういうことと同じことがA君にもおこったのだ、だから、ひるまずにこの問題を社会的に訴えて反撃していく必要がある、たとえば、柏原市役所前にいって、このような不当なことをしていることでいいのかと市民や市役所職員に伝えていくことが必要である、黙っていてはやられるだけである、という提起がなされました。

カンパや賛同署名もたくさん集まりました。
また充実した資料集が作成・配布されたことも付記しておきます。
1月15日■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■生活保護申請ビデオカメラ弾圧事件 A君無罪!釈放要求緊急集会
「ユニオンぼちぼち」からの、この間の経緯と問題の捉え方
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 大阪府柏原市での生活保護申請をめぐり、組合員のA君が不当逮捕・起訴されてしまった事件の経緯と問題点の整理を簡単に行いたいとおもいます。
 2007年に不当解雇にあい組合に加入したA君は、なかなか生活を安定させることができず生活保護の申請に至ります。まず2009年2月から就労自立する5月までの間、保護を受給していました。メンタル的な問題で就労が困難になり7月に退職、その後また生活に困り、8月3日、柏原市福祉事務所に対し保護の申請をします。しかし8月14日、申請は却下されてしまいました。大阪法務局に存在する供託金を活用すれば生活することが可能であるというのが、その理由です。しかし、柏原福祉事務所は5月の時点で供託金があることは知っていたのであり、しかもその金は、3年以上も音信不通であったA君のお母さんが昔から独自に貯金していたもので、A君は存在すら知らないものであったことも、A君のものでないことを証明するために供託金にされていたことも知っていたものです。
つまり8月3日に受理した時点でその事情をわかっていたはずですが、2週間の14日までひき延ばして申請却下してきました。、 決定に疑問を持ったA君は、同日付で再申請と審査請求を行います。その後間接的にお母さんと何とか連絡が取れたので、供託金を引き出してもらい、8月18日に再度生保の申請をしにいきました。14日の時点では供託金が存在していたので、同じ条件で審査されたら却下されると考えたからです。すでに本などを売りながら食費などをまかなっていたA君は、14日の結果を待ってから再申請していたのでは生活が持たないと焦っていました。 しかし柏原市福祉事務所の職員は、申請書をなかなか受け取ろうとしませんでした。これは申請権の侵害です。14日の却下など、保護申請手続きの不透明なあり方に不安を覚えていたA君は、証拠保全のためにビデオを回し「公務員でしょ。申請させてください。ちゃんと対応してください」「生存権を保障してください」「ユニオンチューブっていうのがあるんですよ」と抗議しました。抗議を受けた職員は、即座に警察を呼び被害届を出します。それに対してA君はユニオンぼちぼちの組合員に電話をし、第三者が間に入ることで職員も誠実に話を聞くようになりました。そして翌日、A君が14日付の申請の取り下げと再申請を行った結果、8月31日に保護決定がなされます。 決定前の27日に、組合員が同行して福祉事務所を訪れた際、職員は被害届の取り下げを検討する旨を伝えていました。また無事に保護決定がなされたこともあり、取り下げは行われたものだと判断していました。しかし福祉事務所は、A君の言動が脅迫的な行為にあたるということで「職務強要罪」で刑事告訴をしていたのです。その結果、約2ヶ月半後の10月27日、A君は逮捕され、11月16日に起訴されてしまいました。 起訴状では、「保護開始申請書の受理及び保護決定の処分をさせるために脅迫を加えたもの」とされています。しかし、申請書の受理は法律で定められた義務です。また保護は逮捕後も廃止されておらず、不当な決定はなかったと福祉事務所自体が認めています。もちろん撮影された映像の公表もされていません。もちろん殴るとか、身体をつかむとか、机を強く叩くとか、モノを投げつけるなどの暴力的行為を行ったのでもありません。 こうした不当な逮捕にも関わらず、起訴をされ、保釈請求も却下され、80日ほどにもわたる身体拘束が続いています。保釈されないため、生活保護は停止され、職業訓練校も辞めざるをえなくなっています。病気を抱えているA君にとって、様々な人と同じ部屋で寝起きし、監視され続け、暖房もない拘置所生活自体、身体的精神的に過酷なものです。 本来、保護利用者の自立を援助しなければならない福祉事務所職員が、安易に解決を警察に委ねた結果、A君の人生が狂わされそうになっているのです。

******
以上が経緯ですが、次にA君が「ユニオンぼちぼち」でどういうことをしていたかを少し紹介しておきます。彼は、まずまじめで、よくユニオン活動に参加していました。会議やユニオン内の交流会である「ぼちぼちカフェ」、メーデーや集会、大阪での夜回り活動などのユニオンの諸活動、そしてひどい交渉相手に対する抗議活動などに積極的に参加してくれていました。明るいところもある、態度はいつも丁寧な青年です。そのA君は、最近「ユニオンぼちぼち」内でもうつ病など精神的な疾患をかかえているひとがおおいので、自分も含めてそういう人の交流をしたいと提起して、始めたのです。メンタルシェア部会と呼ばれていて、場所をとって当事者が集まっていろいろ話をするという活動をしていました。これはとても大事な活動なのではないでしょうか。私たちは、早く彼が釈放されて、この活動をまた中心的に進めていってくれることを願っています。
A君自身、コンビニで解雇された事件で「ユニオンぼちぼち」に来たのですが、「ユニオンぼちぼち」にはそうした若い人が多く集まっています。簡単に解雇されて悔しい思いを持っている人や、解雇されそうだ、労働条件がむちゃくちゃひどいというような相談が多いです。最近は雨宮かりんさんの本を読んで、とか、インターネットであちこち探して、ユニオンぼちぼちに来る人も多く見受けられます。そうした情報に触れて、ああ、自分のこの悔しい体験は、しかたないとあきらめたり、泣き寝入りするようなものではないんだとおもって「ユニオンぼちぼち」をたずねてくるのです。
そういう状況のなかで全国的に不安定な労働者プレカリアートの運動、反貧困の運動が活発化してきており、「ユニオンぼちぼち」もその一翼をになっています。失業しているとか就職がなかなか決まらないとかといった人も集まっています。ですから単なる労働組合というより、生存と労働の組合という面があるのです。生存・労働運動をしている組合ともいえます。こういう就職がむつかしい時代ですから、現実的には生活保護を利用する必要がある場合もあります。私たちはそれは一つの権利だと思っており、働く権利の追求とともに、働けないときには「働かない権利」もあるのだという立場をとっています。特にリーマンショック以降、ハケンぎりが増え若者の野宿者も増えましたので、「ユニオンぼちぼち」も京都に加えて大阪に事務所を持ち、2009年には生活保護の申請同行とその後の生活支援を始めています。ですから私たちとしては、A君の問題は、まさに今の弱肉強食時代にプレカリアートがどう生き延びていくのかという問題として切実に感じているのです。

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最後に、ここから問題点の整理とひとつの視点を提起しておきたいと思います。この「A君の生活保護申請ビデオカメラ弾圧事件」とでもいうべきことがらには、ビデオカメラの利用という行為が今後制限されるのではないのか、それは行政手続が公平に行われているかどうかの可視化を制限するのではないかという問題があります。
また格差が拡大する貧困社会、厳しい財政状況の中での福祉行政のありかた、といった問題も絡まっています。これらについては、この後の発言者の方に言及していただきたいと思います。
私は、ここで「生活保護窓口での水際作戦」ということの理解について少し整理しておきたいと思います。

水際作戦とは、保護申請の受付窓口である福祉事務所が、生活保護の受給を窓口という「水際」で阻止し、違法に保護申請の受け取りを拒否しようとしている動きのこととされています。生活保護法の基本原則では、申請を無条件で受けて保護の要否についての審査をすることになっているのに、その入り口で、申請自体を何とかさせないような動きが目立ったために運動側が名づけたものです。餓死事件などが起こった北九州市では、保護開始・廃止件数の事実上の数値目標を各福祉事務所に課していたことが暴かれ、問題になりました。
背景には、財政状況の厳しさや人員の少なさがあると考えられ、生保受給者が激増する中で職員の疲弊が進んでいるということもあります。福祉事務所は日本社会の矛盾が最も現れる職場の一つであったと言え、現在のように貧困問題が広く知られる以前から、その矛盾と直面してきたのが職員だったと言えます。また数値目標は暴力団の不正受給を防ぐための目標だったとも言われています。しかし、そうした面があったにせよ、生保の申請を抑制したという問題の責任から逃れることはできません。

今回のA君の不当逮捕事件を水際作戦と関連しているものと私たちは捉えていますが、その意味は、「生活保護申請を意識的に受け付けずに追い返せ、という指示が柏原市で明確に上司からあった」といっているわけではりません。そうだったかどうかは私たちにはわかりません。分かっているのは、先に説明した事実だけです。
ではどうして水際作戦のひとつであると捉えるかというと、水際作戦といわれるような現象の背景にある、福祉行政職員の姿勢や思想が、今回の事件でもみられるからです。

つまり、「“溜め” が少ない人(社会的弱者)」をエンパワメントするように援助する、ということが、多くの福祉事務所では十分にはなされていない、特に今回の柏原福祉事務所ではそれがなかったということです。

福祉窓口にくる人の状況はまちまちで、多様な環境、歴史、背景、個人的資質、などがあるでしょう。要支援の人とは、エンパワメントの状態でない人、“溜め”が少ない人、ということです。
“溜め”とは、湯浅誠さんが提唱した概念で、人間関係、家族関係、お金や学歴、職歴やコミュニケーション能力、そして自分への信頼感などのことです。それらがあれば、たとえば失業してもすぐに破綻するということはないが、“溜め”が少ないとすぐにすべりだいを転落していって最低の貧困に陥ってしまうというのです。

エンパワメントとは、本人自身が助けてもらわねばならない、無力な存在だと自分を否定的にとらえるのではなく、自分には力がある、と思えるようになっていくことです。
エンパワメントの視点に立った援助とは、その人の中にある力を信じ、引き出していくような、当事者主体の援助です。

それをしていくためには、よく聴くことが重要です。その人のニーズは何なのか、思いは何なのか。すぐにうまく言えないなら、ゆっくり聞きますよと待てるかどうか。何が言いたいんだといらいらするとか、話ベタを怒るといったことがないようでないといけません。私はあなたの味方ですよ、あなたを信じますよという態度も必要です。
よく聴くためには、その場とか、その相手に対する安心感とか信頼感が必要です。すぐに怒られたり説教されないとか、秘密がばらされて不利に処分されることがないといった安心感が必要です。
聴く人が能力主義、自己責任論の感覚をもっていては、「“溜め” が少ない人(社会的弱者)」は話(相談)ができません。自己責任だけで見てはダメですよ、とむしろ、自己否定的になりがちな要援助者に、権利として福祉制度を利用したらいいんだ、そしてあなたには、幸せになっていく権利と力があるんだよと支援していくことが必要です。
なにかに困って窓口に相談に来た人が、制度や法律の知識が少ないからどういう制度をどう利用したらいいかわからないとき、その「知識の少なさ」につけこんで追い返すのではなく、こういう制度がありますからこうしたらいいですよと援助するのが福祉事務所の優しい対応の態度です。

さて、多くの福祉事務所にそのような姿勢・思想が十分にあるでしょうか。残念ながら、上記のような「エンパワメントの視点に立った援助」の水準で仕事をしている職員・ケースワーカーは一部にとどまるというのが現状でしょう。
中には個人的にすばらしい職員もいます。しかしそれは例外的です。
だから全国のあちこちで、「水際作戦」とよばれるような現象が起きたのです。原因の一つに職員の労働条件が過酷であったということがあるにしても、要支援者にとっては、やはり適切な援助がいるのです。それが不十分だから生保申請に同行することが重要となったのであり、運動側は、「水際作戦」という命名を行って問題を顕在化させたのです。

私は大阪市である人の生活保護の申請に同行したとき、5時間近く待たされた経験があります。あまりに長いので待っている人もイライラしていました。その中のひとりの男性が、昼休み時間に机のところでお弁当を食べている職員に向かって、「おいこらー、こっちはハラすかしてずっと待っとんねん!何日も食べとらんのやー。 何のんびりと飯、食うとるんやー!」とどなりました。職員にしたらいい迷惑でしょうし、その発言は常識的に言って穏やかで適切なものではありませんでした。
しかしその男性の怒りもわかります。というのも、私たちも朝10時ごろに役所に行って申し込んだとき「かなり待ってもらわなくてはなりませんよ」、といわれ、だいたいどれぐらいですかと聞くと、「わかりません。ただ、呼んだ時に席にいてもらわないと、キャンセル扱いになります。」の一言だったからです。そんなこといわれたらおちおち食事にもいけません。そして結果5時間待ちだったわけです。2-3時間たった時点で昼ごろになって、みるからに野宿している、あるいはそれに準じた生活をしているようなその男性は、きっと所持金も少ない状況だったと思われます。こちらを待たしておいて、見えるところで弁当を広げている職員に腹が立つのもわかります。

したがって私は、本質を多くの人が理解し、事態が改善されることを願って、以下のようにいいたいとおもいます。

「水際作戦」という概念で問題としていたのは、狭い意味の「生保申請受付拒否姿勢」だけではなく、その背景の一部の福祉行政職員たちの非援助的な姿勢の思想そのものであった。つまり、福祉行政の一部が真に人権擁護の立場にたった、エンパワメントの視点で、要援助者を支援してこず、“溜め”の少なさに配慮せず、能力主義と自己責任論でむしろ排除的に接してきたことが、水際作戦の意味であった、ということです。
それをもうすこし短く言えば、
「エンパワメント視点の欠如した排除的姿勢」
「“溜め”をみない冷たい態度」
「自己責任論による意地悪対応」
ということです。

今回のA君生保申請不当逮捕事件は、柏原市(柏原福祉事務所)が、この「エンパワメント視点の支援」ではなく、その逆に、「エンパワメント視点の欠如した排除的姿勢」で臨んだために起こった事件です。援助の姿勢が十分でなかったという自分たちの姿勢を省みることなく、それを棚に上げて、逆にあろうことか逆ギレして、A君を不安に追いやり告訴までして排除したということです。
私はA君から直接、職員の対応が親切でなかっただけでなく、冷たい対応だった、挑発的な嫌がらせを受けた、と聞いています。「要保護者が急迫した状況にある」場合、福祉事務所は「すみやかに、職権をもつて保護の種類、程度及び方法を決定し、保護を開始しなければならない」と生活保護法25条に規定されているのに、それに反したことをしたのです。
元、北九州市ケースワーカーの藤藪貴治さんが、賛同メールで言ってくださっているように、福祉職員は、高潔な人格と社会福祉の増進に熱意をもって、申請権を侵害せずに懇切丁寧な対応をしないといけないのに、柏原の職員はそれをしませんでした。思慮が円熟な面接で、お互いの信頼関係を築き上げて、円満な解決を図る必要があったのに、それをしませんでした。
その逆に逮捕させ、職業訓練学校を辞めざるをえなくさせ、拘置所に2ヶ月以上閉じ込め続けています。
今回の事件は、以上の意味で「水際作戦」と本質を同じくする、とても問題のある対応だったのだと思います。
以上です。
どうかみなさま、ご支援をよろしくお願いいたします。
∞∞∞∞∞∞∞∞
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