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2015年日本寄せ場学会秋季シンポジウム情報転載

2015年11月27日 06:42

組合員の方からいただいた情報の転載です。

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2015年日本寄せ場学会秋季シンポジウム
炊き出し/共同炊事の思想――生存闘争とその関係性

日時:2015年11月28日(土) 13:00-17:30
開催場所:釜ヶ崎ディアコニアセンター 喜望の家
(会員以外の方でも参加できます。事前申し込み不要ですので、会場に直接お越しください

〈プログラム〉
13:00 開会のあいさつ
13:10 趣旨の説明
13:30 持木良太(大阪府立大学院生)
 「現在における力能の発現としての炊き出し――技術・共有・自律性」
14:00 きんちゃん(釜ヶ崎パトロールの会)  
 「文化闘争としての炊き出し/共同炊事――その担い手は誰か」
14:45 〈休憩〉 
15:00 向井宏一郎(山谷労働者福祉会館活動委)
 「共同炊事、“現場”と“支援”とをつなぐもの」
15:45 コメント 濱村篤(日本寄せ場学会運営委員長)・水野阿修羅(釜ヶ崎労働者)
16:15 全体討論

〈本シンポジウムの趣旨〉
 流動的下層労働者の空間であり、抵抗の拠点であった伝統的な寄せ場は、いま、存続の危機にさらされている。すでに解体されてしまった寄せ場もあれば、解体の圧力にさらされている寄せ場もある。寄せ場学会は、「寄せ場の現実に切り込み、これを再構成し、そして寄せ場に投げ返さなければならない」という言葉を掲げてきた。寄せ場の解体という危機に、どのように切り込むことができるか――その課題が、突き付けられている。たとえ解体されてしまった寄せ場であっても、その伝統を引き継ぎながら、いまなおつづけられている実践がある。私たちは、そのような実践にこそ、連帯したい。このような問題意識のもと、本シンポジウムでは、「炊き出し」や「共同炊事」と呼ばれる実践に焦点を当てることにした。
 各地の炊き出しは、長い歴史をもち、そこでさまざまな思想が問われてきた。たとえば、これらの実践を「炊き出し」と呼ぶのか、「共同炊事」と呼ぶのかという点をとっても多様であり、その名づけには奥深い思想と歴史性が宿っているはずである。けれども、寄せ場学会の25年以上のあゆみのなかでも、「炊き出し/共同炊事」という実践に思想的意義や政治的意義を見出そうとする試みは、さほど積極的になされてこなかった。いま、その意義を考えることは、寄せ場の歴史と現在を捉えなおす視点となりうるかもしれない。そして、「寄せ場をみれば世界がみえる」という言葉を取り返し、国家や資本主義に対峙するような知のありようを探るための、出発点となるかもしれない。そうした願いを込めて、シンポジウムを開催したいと思う。
 「炊き出し/共同炊事」の多様な思想と歴史をたどる作業は、おそらく長い時間が必要になるだろうし、共同作業が欠かせないだろう。そのような展望をもちながら、本シンポジウムでは、「炊き出し/共同炊事」について考えることの重要性を、各地の活動家・支援者や研究者の視点から提起し、議論を交わすことから始めたい。具体的には、「炊き出し/共同炊事に対する排除」と「炊き出し/共同炊事からの排除」という、ふたつの論点を提示したいと思う。前者の論点においては、公園や河川敷での「炊き出し/共同炊事」がどのような排除の圧力を受けているのか、そして、その存続のためにいかなる抵抗の知恵が積み重ねられてきたのか、などの点を議論する。また、後者の論点のなかでは、炊き出し/共同炊事を相互扶助の実践として維持するために、つまり誰かを排除する事態を避けるために、どのような関係性の知恵が生み出されてきたのか、などの点をめぐって議論する。
 今回のシンポジウムを、「炊き出し/共同炊事」の思想と歴史を探る共同作業のための、第一歩としたい。

会場
「釜ヶ崎ディアコニアセンター 喜望の家」
大阪市西成区萩之茶屋2-8-18
*JR環状線・南海電鉄「新今宮」駅、地下鉄御堂筋線「動物園前」駅、南海電鉄「萩之茶屋」駅、阪堺線「新今宮前」・「今池」駅から徒歩すぐ。
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